大阪から、USJ〜東京ディズニーランドという夢の往復バスに乗り込むと、そこは若者ばかりで溢れかえっていた。丁度、冬休みの時期でもあり、バスの車内はうるさいくらいに賑やかであった。スーツ姿は俺だけであり、何とも場違いは否めない。4列シート、21時発、7時新宿到着。そして、13時から准看護学校の受験、帰りは逆に21時新宿発、7時大阪という弾丸ツアー並みの日程である。看護助手という薄給の身、仕事をしながらの受験、そういうのを踏まえ、夜行バスにしたのである。
関東の准看護学校を受験をする前に、1校の准看護学校と、公立の看護学校を受験をし、2校とも落ちていた。両方とも社会人入試である。思案をする。社会人入試対策として、小論文は本を沢山買い込み、何度も何度も繰り返して書く練習をした。人間について、愛について、目指す看護師像、将来について。公立の看護学校では、まさかの自然災害についての小論文が試験内容であった。しかし、丁度災害があったばかりであり、偶然にも災害についての記事を読んでいたのでそれなりに書く事が出来たが、不合格であった。新卒ばかりの若い子が受験生であり、仮に合格をしていても30歳の男は浮くだろうと自分を慰めた。次はランクを落として、医師会の松江准看護学校をこちらも社会人入試で受験をした。今度は、国語の試験と将来の看護師像がテーマの小論文だった。

国語は漢字の読み書き、現代文、古典という簡単な内容であり、小論文も予想通りのテーマだった為、試験時間よりも早く終えるという合格パターンだと胸が小躍りをした。

筆記試験の後、合同での面接で面接官の素っ気ない態度、目を合わせない質問で落ちたと直感した。
例えば、これが島根県出身であれば合格をしたのでは無いか?俺が京都府民だから不合格にしたのでは無かろうか?

そんな疑問を抱えながらの3校目の受験を関東の学校にしたのは訳がある。何故なら、京都に合格をしそうな看護学校が無いからであった。